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 人はどうして死を怖れるのだろうか。
 それは、死んだらどうなるのか分からないからだ。
 今こうして、思考をしている自分自身という存在――その意識が、死後も続いてゆくのか分からないからだ。
 ここにいるのだと認識している“自分”が消えてしまうかもしれない――その可能性に恐怖しているのだ。
 しかし、ここにいる“自分”を“自分”だと認識している僕は、何を根拠にして“僕”を“僕”だと決定しているの
 だろうか――その答えは簡単で、記憶である。
 僕は僕として、20年と満たない人生を生きてきた“記憶”を持っている。
 良くも悪くも、僕を僕だと規定しているものは脳髄に刻まれた“記憶”だけなのだ。
 つまり、死の恐怖とは自分が自分であるという記憶――それを忘れてしまう恐怖に他ならない。
 たとえ魂というものが存在し、輪廻転生が実在していたところで――そうして新たに生まれ変わった自分と、
 それ以前の自分――それが同一なのだと認識できる自分がいなければ、それは、自分という存在が消滅
 していることと同義じゃないだろうか。
 だから。だから――僕にとって、タケミカヅチと竹内美月は別人なのだ。
 タケミカヅチとしての記憶を持っていない彼女は、たとえ外見がそっくりであろうと、同じような癖や趣味を持
 っていようとも、美月はタケミカヅチじゃない。
 なら僕はどうして、竹内美月と一緒にいるのだろうか。
 どうして、タケミカヅチが転生したという事実を聞いて、すぐに彼女に会いに行ったのか。
 どうして、お友達から始めましょうだなんて、言ったのか。
 いつかまた会えたなら相棒としてではなく恋人として――なんて、あいつの遺言じみた約束を守るため?
 記憶なんてものに頼らなくとも、魂と魂が惹かれ合うから――なんて、運命論者も顔を真っ赤にしそうなロ
 マンチズムを信じているから?
 違う。
 僕は単純に、引き止めていたかったのだ。手放したくなかったのだ。
 タケのことが大好きだという気持ちを、失いたくなかった。
 過去のものとして、記憶にしてしまいたくなかった。
 大切な人を失くしたという事実を、受け入れられないでいたのだ。
 ――そして。
 美月を好きになることで、僕は僕の気持ちを、繋ぎ止めていられると信じた。
 信じて、いたかったのだ。
 だけどどうしようもないほどに、美月はタケとは違った。
 そしてタケの生まれ変わりとして美月を好きであろうという行為は、あまりに彼女に対して不誠実極まりない。
 死んで償えよと過去の僕が僕自身に命じる。
 嫌だよ。
 今の僕はそう答える。理由は単純だ。
 僕は、タケミカヅチではない竹内美月という一人の女の子を好きになりつつある。
 
 タケは、タケ以外の誰かを僕が好きになることを許さないだろうか。
 いやしかし、こんな疑問は無意味だ。そもそも問題として成立さえしない。
 死んだ人間の気持ちを考えても意味はない。生きている僕らが死者にできることなんて一つとして存在し
 ない。誰かのために、と。そう思って行う何かが、突き詰めていけば自己満足に到るように。
 これは僕の問題で。結局は、タケ以外の誰かを愛すること――それを僕自身が許せるかどうかなのだ。
 僕はきっと許さない。絶対に、許さない。今の僕は、100%そう思っている。
 けれども現実的な話、僕がその気持ちをこれから10年、20年――死ぬまで持続していけるのかと問われ
 ればそこはかなり疑わしい。想いは、過去の記憶となった瞬間から劣化してゆくから。
 本当に、僕はタケへの気持ちをずっと大切にしてゆきたいのならば、美月と関わるべきではなかったのだ。
 独身貴族を謳歌すべきだったのだ。
 自分でも馬鹿だなって思いながらも、タケへの想いを大事にしてゆくべきだった。
 僕は出だしから失敗していたのだ。
 喩えるなら、最愛の恋人を事故でなくした主人公が数週間後に他の女と恋に堕ちているような――これが
 物語であるならば有り得ないようなミスを僕はしたのだ。
 大切な人を亡くした人が振る舞うべき態度――僕はそれを演じ損ねたのだ。
 だけど、そのミスのおかげで僕は、美月を好きになれた。
 そこだけは、心の底から、良かったと思う。
 出会うべきではなかったと思う一方で、出会えて良かったと思う僕がいる。
 どちらが正しくて、どちらが間違っているのか。
 今の僕には分からない。本当に、分からないのだ。
 だから、その答えを僕は。
 これからの僕に、託す。

  * * *

 その日の帰り道。僕は美月と二人で公園にやってきていた。
 大事な話がある――僕はあらかじめ、美月に告げておいた。
 唐突にするよりも、前フリはしておいたほうがいいだろうし。超展開だと、ついてきてくれなさそうだし――
 そんな打算や計算はもちろん、ある。
 ベンチに座って、しばらくは適当にだべる。
 美月にアプローチする以前に僕が過ごしていた日々――それは要するにアマテラス達と一緒にいた頃の話
 になるのだけれど――まぁ、話せない部分は話さずにそれでも、正直に言えるところは正直に、話したつも
 りだ。
「初めて、ですよね。先輩が、そういうこと、話してくれるの」
「うん。まぁ、色々あったんだよ、その頃は。言っても信じてくれないようなエピソードが本当に盛りだくさん」
「たとえば?」
「僕は世界を救うために神様と一緒になって悪い神様をやっつけたんだ」
「うわぁ……」
「引くな。今のは隠喩<メタファー>だと思ってくれればいい」
 言いつつ僕は苦笑して、空を仰ぎ、小さく息を吐く。
「色々と、色々と、あってね。いまだに、僕の中で解決できてないことだってある」
「……どうして、それを?」
 美月が僕に問う。
「美月に僕のことをもっと知ってほしいって思ったんだよ」
 僕は正直な気持ちで答えて。
 そろそろいいかな、と。このタイミングかなって、僕は思った。
「なぁ、ところで美月」
「なんですか?」
「お前さん、僕のこと好きか?」
「…………」

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