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「悪い、遅くなった……」
 待ち合わせの場所は学園の近くの緑化公園。既に日は暮れてしまっている。
 やってきた稚彦は肩で息をしていた。
「そんなに急いで来なくてもよかったのに」
「いいんだよ、僕が勝手に急いだだけだし。とゆか、待たせてるわけだし」
「待たせてるのは私のほうだよ」
「……はっ? 何が? お前さんのが先に来てるだろ」
「そういう意味じゃ、ないんだけどね」
「うん?」
「そうだ。はい、これ」
 と、私は手にしていた文庫本を稚彦に渡した。
「ん……って、おおおっ!? すげー! ミシェル・ジュリだーーーーっ!」
 予想以上の喜びっぷりだった。
「あ、わざわざこれを渡すために呼んだのか?」
「迷惑だった?」
「いや、全然。てか、そーいうこと訊くな。迷惑なわけないから」
 さらっと素敵なことを言う稚彦。やっぱり稚彦は優しい。
「でもこれ、高かっただろ? いくらだった?」
「15000円」
「高ぇ!?」
 みるみるうちに稚彦の顔が青ざめていく。
「あの、すみません。美琴さん、そんなお金、今すぐに支払うことは不可能です、はい」
「身体で払ってくれるんでしょ?」
「いや〜〜……それで、美琴が満足してくれるなら?」
「じゃあ、抱きしめてよ」
「えっ?」
「プリーズ・ホールド・ミー」
「リアリィ?」
「イェ、カモン」
 私は両手を広げて稚彦を待つ。街灯の覚束ない明かりが照らす稚彦の顔は戸惑いと恥じらいが半々。
 いつも飄々としている稚彦にしては珍しい表情。
 一歩、二歩、三歩と近付いて、互いの息遣いが聞こえる距離に辿り着く。稚彦の手が私の背中に回される。
 服越しに伝わってくる稚彦の体温は熱い。
「なんか、今日の美琴、変じゃね?」
「そうかな?」
「そうだよ」
「こういうの、嫌?」
「嫌じゃないよ。でも、理由は知りたいぞ」
「……うん、あのさ、稚彦」
「おう」
「私さ、今日一日、気付いたらいつも稚彦のこと考えてたんだ」
「おう」
「それで私、気付いちゃったんだ」
 そこで数秒間を置いて、一息に私は言った。

「私、本当に稚彦のことが好きになったみたい」

 稚彦の鼓動が跳ね上がる。抱きしめる腕にこもる力が少し増す。
「……マジっすか」
「うん、マジっす」
「それが、僕を呼び出した理由?」
「うん。居ても立ってもいられなくなったから」
「そっか……」
 小さく稚彦が笑う気配。
「ありがとう、すっげぇ嬉しい」
「喜んでくれて、私も嬉しい」
 ぶらりと下げていた腕を稚彦の背中に回す。
 そして、ようやく芽生えた自分の気持ちごと、強く、彼の身体を抱きしめる。

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