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「はぁ……」
 ファミレスからの帰り道。ウズメさんが憂いを帯びた溜息を漏らす。
「どうしたの?」
「いえ。未来について考えるのって大変だなぁって思いまして。すみません」
「謝ることじゃないよ。今はまだしも、僕だって10年後、20年後とかに自分がどうなってるんだろうな〜って
 不安になるし」
「ニューハーフとか?」
「どうなったらそうなるんだよ」
「あっ、そういえば私、この前、夾都市歩いてたら知らない男性に話しかけられまして」
「よし、警察に行こう。大丈夫、国家権力はきっと力になってくれるはずだ!」
「いえいえ、そういう話ではなくってですね……あの、これなんですけど」
 そう言ってウズメさんはバッグの中から小さな厚紙――名刺らしきモノを取りだして僕に渡した。
「……おおぅ」
 そこには関西圏でわりと有名な芸能事務所(モデル系)の名前が印字されていた。
「……これくれた人、多分、芸能事務所のスカウトとかじゃないかな」
「ガリバー旅行記の作者の?」
「それはスウィフト」
 知ってんのかよ。
「つまりね、これをくれた男の人は、ウズメさんに芸能界に入らないかって言ってきたってこと」
「げ、芸能界ですか!」
 驚いている、以上に、ウズメさんの目が輝いている。
 えー、ここで食いつくんですか。芸能の神だからですか。
 そりゃあ、贔屓目に見てもウズメさん可愛いし綺麗だしナイスバディだし……街中歩いてたら
 声を掛けられるのも不思議じゃないレベルだけども。
「芸能界……素敵な響きです」
「そう、かな?」
「そうですよ。まさにこの私にうってつけな気がします」
「芸能の神様だもんなぁ〜、元々」
 ウズメさんは、僕のテンションが滑空していることに気付かない。
 思いを馳せるように中空へと視線を向けて、口許には笑みを刻む。
「一度でいいから歩いてみたいですね、レッドカーペット」
「アカデミー賞か、いいねいいね」
「満点大笑を取るんです!」
「爆笑レ○ドカーペットのほう!?」
 芸人になりたいんだ!
「そうしてキャリアを積みあげていった天野ウズメもついに、多くのファンに惜しまれつつ引退をする日が
 来るんです」
「おお、もうそんなところまで」
「とゆーわけで来たる日に向けて稚彦さん、引退セレモニーの練習をしてみましょう!」
「えっ、何、これ。コントの流れ?」
 しかし、ノリノリなウズメさんの手前、嫌そうな顔もできない僕だ。
 独占欲強いなぁ……僕。
「セレモニーってくらいだし、やっぱ広い場所でやるんでしょ。東京ドームとかアリーナとか」
「それはもちろん」
「うん」
「出雲大社で!」
「大社かよ!」
「観客の数、実に八百万!」
「神様全員集合だ!?」
 てゆーか、出雲は元々、大国主の地だし、何気にブラックな笑いだな、これは。扱いが難しい。
「まあ、仮に出雲大社にしておきまして、続けますね」
「はいよ」
 オホン、と。ウズメさん。
「えー、このたび芸能界を引退することになりました、天野ウズメです」
「わーー、ウズメさーん。引退しちゃ駄目ーー」
 ↑観衆役を買って出る僕の図。
「ここで私の活躍を超巨大ディスプレイで流すんです」
「あー、あるねぇ。デビューから今までを振り返っての名場面集」
「デビュー1年目、グラドル水泳大会でのぽろり」
「ホントにありそうだ……」
「デビュー3年目、初主演のドラマで初めてのお色気シーンでのぽろり」
「ファンがネットで盛り上がりそうだなぁ」
「デビュー5年目、ファン待望のヌード写真集でぽろり」
「どんだけぽろりしてんだよ! それ絶対にわざとだろ!」
 ああもぅ! 何だこれは! 嫌な未来ばかりが浮かんでくる!

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