dandelion Record
『あかときっ!−夢こそまされ恋の魔砲−』参加中

















 某月某日。そう、誰がどう言おうと某月某日。

 恐ろしく用意周到に警戒しつつ、超々低空飛行を続ける1つの影があった。
 わざわざ森の中を真っ直線に通り抜けながら、器用に木と木の間を通り抜ける魔砲使い。
 “Urtharbrunnr”の使い手、来島リリィその人である。

「誰もついてきていないよな? ここまで離れたんだから、さすがに心配ないだろうけど……」
 そう言いつつも、あたしは速度を緩めるだけで森から抜け出したりしない。
 念のためにと気を使い、我ながら不必要なぐらいに警戒しまくっている。

 魔砲都市は既に地平線の彼方。
 自分にも無関係の土地まで足を運んで、今も脇目も振らずに突き進んでいる。
 正直なところ、もう普通に空を飛んでもいいんだけど、こうも猜疑心が強いのは考えものだ。
 木々の隙間から漏れ出る日差しを浴びながら、朝が近づきつつあることを感じていた。

「もうそんな時間かよ。かなり早めに出たのに予想より遅れてる」
 全員が寝静まった夜中に出かけたのに、こんな飛び方を続けたせいで進みが悪い。
 予定ではとっくの前に目的地に着いているのに、ごらんの有様だ。
 もうすぐ着くことには変わりないものの、致命的な遅れになるかもしれない。

(ただの考えすぎだよな。ほとんど寝ずに遠征してるのに時間切れなんてあり得ない)

 少しでも油断したら、眠気と疲労が一気に襲ってくる。
 何度か欠伸が出た際、前方の木に激突するところだった。
 誰もいない森の中で、ゴチン衝突事故を起こすような間抜けな真似はご免被りたい。

「ふわぁ〜……あと少しだ、あと少し。気合を入れて行かなきゃな」
 あたしは目尻に涙を溜めつつ、ふにゃりと緩む口元に力を込めた。大きな欠伸を噛み殺し、ふらつく身体を
 留める。

 普段ならもう愚痴を漏らす段階だが、今回ばかりは勝手が違う。
 せっかくのお休みを怠惰に過ごしたい欲求はあるけど、そこは気合の一発で吹き飛ばす。
 今は一刻も早く目的地に着かなければいけない。
 ぶつぶつと自分の行動を振り返って、文句を言っている場合じゃない。

(明日はバレン……もとい、アカデミーに登校しなくちゃいけないしな。これは息抜きだ、息抜き)

 別段重要視しているわけじゃないけど、誰にも悟られないように魔砲都市から離れたんだ。
 思う存分、『息抜き』を楽しまないといけない。他意はない。うん。本当だぞ?
 決して私的な目的があって、わざわざ遠征しているわけじゃないからな。

「おっ……やっとか」
 前方で途切れつつある森に気づき、あたしは自分の隠蔽工作が終わることに吐息を漏らす。
 中途半端に引っ込みが付かなかったため、こういう展開を望んでいたりした。

 目指すは洋菓子店。カカオの種子を煎って砕いてペースト状にしたものをベースに、カカオ脂・砂糖・香料
 などを加えた菓子を専門に取り扱う。牛乳で溶かして飲んだりもする。
 そこでは某月某日の前日に、先着300人限定でバカ高い洋菓子を販売したりする。
 お菓子の味は折紙付きで、1度食べたら病み付きになるほど美味しいらしい。……成功率も、高いらしい。

「自分用に買うんだし……た、たまには贅沢もいいよな。少しは他のヤツに分ける予定だけど……真悠人と
 か」
 聞いた話だと、チョコ……もとい、洋菓子は好きって言ったから問題ない。
 俗に言う幸せのお裾分けだ。それ以外の意味なんてあるはずもない。本当にない。ないからな。

 とは言え、そのためには先着300人に入らないといけないんだけど……

「……急ぐか。別に買えなくてもいいけど、ここまで遠出した意味がないもんな」
 あたしは自分自身を納得させるように何度も頷いた。
 間もなく抜ける森から1秒でも早く出るため、最大まで速度を上げて風を切る。
 木々の間隔は徐々に開いてきて、くねくねと軌道を変化させるほどではなくなっていた。

 残りは直線。目的地に着くまで全速力で向かえばよかった。

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