dandelion Record
『あかときっ!−夢こそまされ恋の魔砲−』参加中

















 茜色の空。
 この街から離れた場所にある人工太陽が消えかけて、昼間とは別の色で輝きを放っている。
 お母さんは夕日って言うけど、本物の太陽は映像でしか見ていない世代にはぴんと来ない単語。
 子供の時から聞いているからつい口に出たりするけど、やっぱり同じ色なのかな?

「もうちょっとで満足できる出来栄えになるんだけどな……」

 わたしは足りなくなった材料を近所のお店で買い、買い物袋を片手に帰宅していた。
 魔砲器で飛んでいってもいいけど、せっかく故郷に帰ったんだから余韻を味わいたい。

 普通の出来栄えだったお菓子は、近所のお爺ちゃんやお婆ちゃんにプレゼント。
 1日早いバレンタインになったけど、喜んでくれたからいいよね。
 その時に「ついに七夕ちゃんにも意中の人が現れたんだね〜」なんてからかわれちゃったけど……

「お父さんの分も作らなくちゃいけないから……間に合うかな?」

 夕食の前に戻らなくちゃいけないから、全速力が帰ったとしてもギリギリのライン。
 要領は掴めたから心配ないと思うけど、もうあんまり失敗は許されない。
 時間までに会心の一品を作り上げて、魔砲都市まで持って帰らなくちゃいけない。
 本当ならこうやってのんびりとする余裕はないんだけど……

「でも、一番大事なものを込めなくちゃいけないもんね」

 チョコレートに一滴の調味料。
 魔砲器を使っていないのに、今にも飛んでしまいそうなふわふわした想い。
 たった一人の大好きなあの人に、わたしの気持ちが伝わりますように。
 ぎゅ〜っと凝縮した想いを垂らして、隅から隅まで行き渡るように混ぜていく。

(1年に一度きりのイベントだもん。せっかくなら真悠人くんの記憶に残ってほしいもんね)

 そして、できることなら……
「えへへ……贅沢は敵だよね。でも、今回は渡せるだけで大成功かな」

 わたしは夕日で伸びる影を背にしながら、軽快なステップを刻んで帰路に就く。
 ちりんちりんと鈴を鳴らす自転車の人に挨拶し、仲良さそうに手を繋ぐ小さな子を目にして微笑ましくなる。
 どこか浮ついた雰囲気を感じて、

「あっ……」
 突き当たりの角を曲がれば、自分の家まであと少し。
 その前にぴたりと足を止めて、すとんと膝を曲げながら身体を屈める。

「んなぁ〜っ♪」
 そこには可愛い鳴き声を上げて、わたしに近づいてくる子猫が一匹。尻尾を左右に忙しなく揺らして、小さ
 な身体を足にすり寄せてくる。

「どうかした? わたしに何か用でもあるのかな?」
 甘い匂いが全身に染みついているから、もしかしたら吸い寄せられたのかもしれない。
 真新しい首輪がついているから、どこかの家で飼われている子なんだろう。
 猫にはチョコが厳禁だからあげられないけど、別の物を一緒に買っておけばよかったかな。

「ごめんね。何かあげられたらいいんだけど、持ち合わせがないんだ。我慢してね」
 わたしは甘える子猫の頭を撫でながら、何も持っていないことをアピールする。
 それでも諦めきれないのか、自分から手の平に額を擦り付けてぐりぐりしてきた。
 ぺろぺろとざらついた舌で指先を舐めたりして、匂いだけでも堪能しようと試みて余念がない。

(何か猫さんが食べられるものがあればいいんだけど……もしかしたら夕ご飯待ちかもしれないし、勝手に
 あげるのはいけないよね)

 念のために買い物袋を再確認するものの、特に分けられるようなものは買っていなかった。
 おねだりしているのに何もあげられないので、わたしが気が咎めていると、その空気を読んだようにすっと
 離れる。
 突き当たりの角から現れた親猫らしき存在を目にして、てくてくと駆け出していく。
 向こうは向こうで捜していたのか、すり寄ってきた途端に首もとを口で咥えて持ち上げた。
 その場を離れる前に視線が重なり、まるで子猫を引き止めたお礼をするように会釈してから立ち去る。

(迷子さんだったんだ。その割にはほとんど鳴かなかったし、将来有望……かな?)


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